NPO法人かべ工房村 設立趣旨書

 

「老いの空白」といわれる状況があります。

 一昔前には、子どもの世代、働き手の世代、老いの世代が、それぞれ大切な位置を持っていました。子どもの世代は、夢や希望、寓話的な世界を体現し、働き手の世代は富を生産し、老いの世代は生活文化をつかさどっていました。さまざまな生活の知恵や技術、文化は、一世代とびで老いの世代から子どもの世代へ伝えられていました。添い寝の中で語られる昔話などを通じて・・・。

 しかし、経済が大きく「成長」し、富の蓄積が社会の主要な関心事になるにつれ、いまや子どもの世界や老いの世界まで経済原理で計られるようになっているのではないでしょうか。教育の問題もしかり、老いの問題は、主に「介護問題」として社会の負担のように語られることがほとんどです。そのことと、最近の多くの悲しいニュースはつながりがあるように思えてなりません。富を中心とする豊かさにも大きな影がさしているように見えます。今は、本当に豊かな時代なのでしょうか?或いは、このような「豊かさ」はいつまで続くのでしょうか?

 一方で、それを見直そうとする営みもさまざまに行われています。例えば、自然と人類の関係を見直し、自然を支配する対象とするのでなく、畏れを抱きつつ自然と共生していこうとする取り組み、人を「能力」や経済的な貢献度ではなく、さまざまな違いを認め合い共生しようとする試み、自分たちの暮らしを自分たちで創造しようとする街づくりの取り組みなどです。これらに共通するのは、豊かさの基準を転換し、新しい人のあり方や生活スタイルや人とのつながり方を、自分が立っているところからはじめようとしていることだと思います。スローライフやスローフード、マクロビオティック、ロハスなどが流行りとしてとりあげられるのも、多くの人がそのような方向を求め始めていることの現われではないかと思います。

 介護の現場では、「その人らしく生きる・暮らす」ことを目指す取り組みが行われています。介護が必要な高齢者を「要介護老人」と規定するのでなく、障害や認知症などでたとえ介護が必要であっても、その人の経験や知恵に学び、生かすことを中心に生活作りを進めようとするものです。認知症高齢者のグループホームでは、若いスタッフが入居者であるお年寄りから惣菜の作り方やいりこのだしのとり方、魚のさばき方、煮方を学びました。小さなデイサービスでは、梅干をつける際の赤紫蘇のもみ方を学び、本に勝る技術を目の当たりにしました。そして、ゆったりとしたお年よりのテンポで一緒に暮らすうち、今の生活のテンポのほうがむしろおかしいのではないかと感じました。

 それらは、認知症高齢者を介護するための方法ではなく、むしろ、スローライフなど、新しい生活のあり方を求めていく上で、大きな示唆を含むものです。

 考えてみれば、例えば、昔は当たり前であった「家で漬物をつける」ことができる人が、若い世代の中でどれほどいるでしょうか。漬物は、すっかり買うものになっています。しかし、漬物は古くから脈々と受け継がれ展開した、生活に根付いた偉大な発酵食品文化の一つです。今、その知恵や技術をお年寄りから学んでおくことには大きな意義を感じます。

 特定非営利活動法人かべ工房村設立の趣旨の第一はここにあります。漬物を通して、失われつつある生活文化をお年寄りから学び、新しい生活文化を作り出すことです。それは、さまざまな生活文化の継承に広がる契機になり、現代の豊かさを見直す契機ともなりうるでしょう。そしてそのことは同時に、「老いの空白」をうめる、これからの「老いの文化」を作り出すことにもつながるものであると思います。

 

 「生産力」中心の豊かさの価値観は、老いの世代の役割をなくすばかりでなく、「障がい」をもった人たちを、社会からはじき出す作用も持っていました。「(生産)能力」中心の価値観の中で、「障がい」を持つ人たちは、あまりにも少ない、働く機会、能力を生かす機会、普通に暮らす機会のなかでの生活を余儀なくされてきました。

 

 しかし、可部夢街道コミュニティーサロン可笑屋を作る取り組みや、共同作業所ウィングの取り組みを通じて、私たちの身近に、障がいを持った人が自らを語り、働き、街づくりに参加する取り組みがあることを知りました。

 

 特定非営利活動法人かべ工房村設立の第二の趣旨は、高齢者や障害を持った人も含め、さまざまな人が、「その人ならでは」の力を生かし、生き生きと働け、できるだけ正当な報酬を受け取ることのできる「働く場」を作ることです。そこには、生産能力中心でない、新しい働き方が創造される必要があります。

 

 これらの取り組みを通して目指すことの第3は、さまざまな人が集まり、学び、働き、遊び、暮らす「共生の場」を作ることです。

 これまでの福祉は、人を「高齢者」「(『種類ごとの』)障害者」「大人」「子ども」「健常者」と縦に割り、別々の世界を作り出してきました。そのことが、「その人らしさ」を生かしにくくする原因の大きな一つであったと思います。

 

 これに対し、さまざまなところで「共生」を目指す取り組みが行われています。その一つである、可笑屋にも一度招いた富山の「特定非営利活動法人このゆびとーまれ」の惣万佳代子さんの語る「共生の場」は、さまざまな人のかかわりの中でこそ、その人らしさが輝くことを教えてくれました。

 

特定非営利活動法人かべ工房村の描く夢であるこれらのことは、暮らしや自分たちの足元である地域に根ざしてこそ、本当の意味を持つ実態のあるものとなります。

 

 そして、同じような思いが集まり、工房村とでも言うべきものが、街づくり、地域づくりの一翼を担うことができるようになればと考えます。 

>>2019年度財産目録
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